猫の尻尾亭

尾岡レキが創作の事や読書感想を殴り書きするだけのブログです。アイラブ300字SS!

また会う日まで

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「おまたせしましたね」
 鈴が響くような声で、翠の魔女が声をあげる。


「それじゃあ、お茶の時間にしましょう」

 指でパチンと弾く。置かれた箱から自動で、曲を紡ぐ。楽しげで。でも煩くない、忘れられた時代の音楽を。円盤一枚で、こんな音楽を再生できるのだから、古の技術は素晴らしい。――ただ、感動にまでは至らない。

 蒼の魔女は感情を置き忘れてきた。

 ダージリンティーに口をつけながら、他の魔女の会話を聞く。本来は学術研究の場所だ。新たな魔術開発、古代遺産の解明、再利用の道筋、薬学データベースの構築などなど、魔女にはやるべきことがたくさんある。
 あるのだが――。


「今日のゲスト。人狼族の侯爵、独身らしいわよ」
「今回はナイトウォーカーも出席するようよ」
「教授がくるの?」
「あ・た・り♪」
「「「きゃーー」」」


 魔女達が大興奮だ。


「それよりも本日の、メインイベントは、魔族よね」
「即位したって本当?」
「先代が崩御して、80年か。ちょっと長かったね」
「先代は戦争しか頭になかったからね。今代は、医療研究に力を入れているみたいね」
「闇の国は、連日パレードだってさ」
「今までも魔女に関心は示してくれていたけど、即位した魔王が直々に魔女の茶会(ティー・パーティー)に参加ってスゴくない?」
「前代未聞よ、本当。そええだけ私達の研究を評価してくれているってことだと思うけどね」


 今日も彼女らはテンションが高い。


 私は、それを聞きながら次の論文に頭を巡らせる。魔女は恋の話が好きだが、私はどうもついていけない。

 恋なんか、しなければ良かった。


 人間の男の子だった。

 茶色の髪に、青い瞳。何ら他の人間と代わり映えのしない、特徴のなさ。でも私は、あの青い瞳で見つめられる瞬間が好きだった。

 魔女と、人間では時間の流れが違う。だから、思いを遂げられるとは思っていなかった。

 たった、三ヶ月。蒼の魔女の屋敷で暮らし――。彼は人間の街に戻っていった。


 また戻ってくるよ、魔女さん。そう彼は囁いて。

 貴方と私じゃ、時間の流れが違う。
 だから過度な期待はしない。

 時はあっさり流れて、80年。
 あの時の恋心は、空想の宝箱に押し込めた。


 私は、もう恋なんかしない。

 

■■■

 

「あ……え……うそ?」

 私は目をパチクリさせた。魔族の象徴である漆黒のガウンを身に纏い。例のナイトウォーカー――吸血鬼と人狼族を従えた魔王陛下。その兵科が片膝をつく。


(え?)

 そして私の手を取り、流麗にその甲に口吻をする。


「陛下の前で落ち着きがないのも、まぁ納得だけど。ちょっと落ち着いたら? 蒼の魔女?」


 翠の魔女にそういわれるが、その言葉はまるで頭に入らなくて。
 それはそうだ。悪戯心いっぱいの笑顔で、陛下は微笑むから。


「戻ってきたよ、魔女さん」


 青い瞳で覗き込んで。陛下はそう言った。人間が魔女さんと同じ寿命を得ようと思ったら、悪魔に魂を売り渡すか、悪魔の魂を貪るしかないから、ね。そう彼は微笑んで。あの時と何ら変わらない笑顔で。

 論理的に考えれば、自明の理。
 彼は悪魔の魂を貪って――先代、魔族の王を貪って、命を得たのだ。


「起きるのに80年もかかっちゃった。ごめんね、魔女さん」

 微笑んで、それから彼は耳元で私の名前を囁く。
 彼が勝手につけた名前。私と彼しか知らない名前。空想の宝箱に押し込んだ、その名前を――。

 

 

 私は体裁も論理も殴り捨てて、彼の胸に飛び込んでいた。

 

 

 

 

________________

 

6/26 2代目フリーワンライ企画 参加作品

【お題】

■空想の宝箱
■自明
■落ち着きがない
■悪戯心
■お茶の時間にしましょう

 

一応、お題は全て使用しました。
今回は参加できてよかった!