チョコレートの意味合い
チョコがそんなに好きなわけじゃない。ただ、この日だけは日本中の男子が、チョコを意識してしまうのは、どうしてか? あえて言う必要もなくて、誰かの特別になれたら、これほど嬉しいことはない。
特に、ひなちゃんの特別になれたら。涼太は小さく息をついた。想いはひなたに届かないことは、自分が一番よくわかっている。
――宗方ひなたの場合
「はい涼太君」
満面の笑顔で、ひなたはラッピングされたチョコを涼太に手渡す。
「ありがとうね、ひなちゃん」
そう言った自分の顔は、しっかり笑えているだろうか。その前に渡している誰かを見ているから、なおさらに。
いや、と思う。ひなたには、まだ恋愛の感情そのものが理解できていない。この学校で知り合って、色々な人と関わるなかで、ようやく笑えている。その笑顔を、できたら自分が導き出したいと思うのはエゴだろうか?
チョコをもらえた。彼女にとっては、大切な人、一人一人に渡すべきもので。
それなら、と思う。大切な人の一人という認識なら、チャンスを失ったわけじゃない。
――桑島ゆかりの場合
「はい、金木先輩」
「え?」
まさか、ゆかりからもらえると思ってなかったので、涼太は目を丸くする。
「ま、日頃からお世話になってるからね」
ゆかりはニンマリと笑む。
「これからもお世話になりたいし」
「バレンタインのチョコは賄賂じゃないんだぞ?」
苦々しく言う。ゆかりは、想い人へのお膳立てをしてくれと言っているのだ。彼女の恋は壁が大きい。ライバルがひなたなのだから。ゆかりの想い人は、ひなたしか見ていないのだから、その恋路は絶望的と言ってもいい。
だけど、ゆかりは諦めないと言う。涼太はそんな彼女が眩しい。いつも越えられない壁を実感して、諦めたくなる。無理だと思ってしまう。
それなのに、ひなたの笑顔で自分の気持ちは、簡単に諦められないと知る。それなら、ゆかりのように前を向いていきたい。せめて自分の気持ちに素直でありたい。
「桑島、ありがとうな」
「どういたしまして」
にっこりと、ゆかりは笑う。きっと、涼太のお礼の意味は通じていないけど、それでいいと思う。
――野原彩子の場合。
「あのさ、野原?」
「なに?」
「ありがたいんだけどさ」
「なに?」
「……バレンタインに納豆って……」
「粘り強く、頑張れって私の応援メッセージよ。がんばれ、優等生」
どう考えても、楽しんでいるようにしか見えない。
「あ、お返しは納豆じゃなくていいからね」
「野原と一緒にするなよ!」
と言いながら、笑いをこらえきれず吹き出してしまった。
――水原茜の場合。
「茜さん?」
涼太が声をかけると、慌てて後ろに何かを隠す。え? と思う。まさか、と思うが、この先輩のことだ。手のひらの上で転がされるのも難くない。変な期待はしないようにしようと、息を整える。
と、茜の視線が迷っている。こんな茜は、見たことがないから、涼太の方が困惑してしまう。
と茜は意を決したように、涼太にラッピングの包みを差し出す。涼太は思わず、言葉なく受け取ってしまった。
「せ、世間の浮かれ具合に合わせてみただけ、だから! それだけだからね!」
「あ、はい」
と情けない言葉しかでてこない。多分、茜はこういうことには慣れていないのだ。茜なりに考えたうえでのチョコレートかと思うと、このままもらうのも違うと思う。
バレンタインのチョコで、日頃言えないありがとうを伝えようとしてくれているのなら、涼太もしっかり受け取って、伝えるべきだと思った。
茜にはいつも助けてもらってる。
それなら。なおのこと――。
「茜さん」
「え?」
「ありがとう」
「え、あ、うん。ボクだってたまにはね」
こんな言葉にならない茜も珍しいが。茜が茜なりに考えた上でのチョコレートなら、涼太が涼太なりに考えたお返しで、最大限に感謝を伝えたい。
だから今は――。
「茜さん、本当にありがとう。大切に食べるね」
今、自分はしっかり笑えているだろうか? ちゃんと茜に伝えられただろうか?
――やれやれ、難儀なことで。
野原彩子が苦笑まじりにぼやく声を聞きながら。
涼太は、この小さな先輩に満面の笑みで、もう一度、心からありがとうを伝えた。