猫の尻尾亭

尾岡レキが創作の事や読書感想を殴り書きするだけのブログです。アイラブ300字SS!

チョコレートの意味合い

 

 チョコがそんなに好きなわけじゃない。ただ、この日だけは日本中の男子が、チョコを意識してしまうのは、どうしてか? あえて言う必要もなくて、誰かの特別になれたら、これほど嬉しいことはない。
 特に、ひなちゃんの特別になれたら。涼太は小さく息をついた。想いはひなたに届かないことは、自分が一番よくわかっている。

 

 

 ――宗方ひなたの場合

 

「はい涼太君」
 満面の笑顔で、ひなたはラッピングされたチョコを涼太に手渡す。


「ありがとうね、ひなちゃん」


 そう言った自分の顔は、しっかり笑えているだろうか。その前に渡している誰かを見ているから、なおさらに。


 いや、と思う。ひなたには、まだ恋愛の感情そのものが理解できていない。この学校で知り合って、色々な人と関わるなかで、ようやく笑えている。その笑顔を、できたら自分が導き出したいと思うのはエゴだろうか?


 チョコをもらえた。彼女にとっては、大切な人、一人一人に渡すべきもので。
 それなら、と思う。大切な人の一人という認識なら、チャンスを失ったわけじゃない。

 

 


 ――桑島ゆかりの場合

 

「はい、金木先輩」
「え?」


 まさか、ゆかりからもらえると思ってなかったので、涼太は目を丸くする。


「ま、日頃からお世話になってるからね」


 ゆかりはニンマリと笑む。


「これからもお世話になりたいし」
「バレンタインのチョコは賄賂じゃないんだぞ?」


 苦々しく言う。ゆかりは、想い人へのお膳立てをしてくれと言っているのだ。彼女の恋は壁が大きい。ライバルがひなたなのだから。ゆかりの想い人は、ひなたしか見ていないのだから、その恋路は絶望的と言ってもいい。


 だけど、ゆかりは諦めないと言う。涼太はそんな彼女が眩しい。いつも越えられない壁を実感して、諦めたくなる。無理だと思ってしまう。


 それなのに、ひなたの笑顔で自分の気持ちは、簡単に諦められないと知る。それなら、ゆかりのように前を向いていきたい。せめて自分の気持ちに素直でありたい。


「桑島、ありがとうな」
「どういたしまして」


 にっこりと、ゆかりは笑う。きっと、涼太のお礼の意味は通じていないけど、それでいいと思う。

 


 ――野原彩子の場合。

 

「あのさ、野原?」
「なに?」
「ありがたいんだけどさ」
「なに?」
「……バレンタインに納豆って……」
「粘り強く、頑張れって私の応援メッセージよ。がんばれ、優等生」


 どう考えても、楽しんでいるようにしか見えない。


「あ、お返しは納豆じゃなくていいからね」
「野原と一緒にするなよ!」


 と言いながら、笑いをこらえきれず吹き出してしまった。

 

 

 ――水原茜の場合。

 

「茜さん?」


 涼太が声をかけると、慌てて後ろに何かを隠す。え? と思う。まさか、と思うが、この先輩のことだ。手のひらの上で転がされるのも難くない。変な期待はしないようにしようと、息を整える。


 と、茜の視線が迷っている。こんな茜は、見たことがないから、涼太の方が困惑してしまう。


 と茜は意を決したように、涼太にラッピングの包みを差し出す。涼太は思わず、言葉なく受け取ってしまった。


「せ、世間の浮かれ具合に合わせてみただけ、だから! それだけだからね!」
「あ、はい」


 と情けない言葉しかでてこない。多分、茜はこういうことには慣れていないのだ。茜なりに考えたうえでのチョコレートかと思うと、このままもらうのも違うと思う。


 バレンタインのチョコで、日頃言えないありがとうを伝えようとしてくれているのなら、涼太もしっかり受け取って、伝えるべきだと思った。


 茜にはいつも助けてもらってる。
 それなら。なおのこと――。


「茜さん」
「え?」
「ありがとう」
「え、あ、うん。ボクだってたまにはね」


 こんな言葉にならない茜も珍しいが。茜が茜なりに考えた上でのチョコレートなら、涼太が涼太なりに考えたお返しで、最大限に感謝を伝えたい。
 だから今は――。


「茜さん、本当にありがとう。大切に食べるね」


 今、自分はしっかり笑えているだろうか? ちゃんと茜に伝えられただろうか?


 ――やれやれ、難儀なことで。
 野原彩子が苦笑まじりにぼやく声を聞きながら。


 涼太は、この小さな先輩に満面の笑みで、もう一度、心からありがとうを伝えた。